産後の腰痛・お尻の痛み・めまい・疲労感を、どう評価したか
骨盤・膀胱・腎臓・顎から考えた臨床報告
こんにちは。Tono Osteopathy 院長の塔野です。
今回は、産後から「右のお尻の痛み」「腰痛」「めまい」「強い疲労感」が重なってきた方に対して行った、評価と施術を臨床報告としてご紹介します。
今回のケースでは、「腰が痛いから腰を施術する」という考え方ではなく、骨盤/膀胱・腎臓などの内臓まわり/顎・首という3つの領域から身体全体を評価しました。
20年以上続いていた右お尻の痛み
今回の方は、右のお尻の痛みが約20年前からあり、妊娠前から「たまにずれるような感じ」があったそうです。過去に整形外科を受診した際には骨に異常はなく、神経痛の可能性を指摘され、リハビリに通った経験もありました。
産後には症状が悪化。横断歩道で走ろうとしたときや、夜のお子さんの寝かしつけなど、日常生活の中でも痛みが出ることがありました。最近はお尻の痛み自体は少し落ち着いているものの、腰痛や疲労感は残っていました。
さらに、妊娠中から耳管開放症があり、気圧の変化によって耳の圧迫感や頭痛、めまいが起こることもあり、現在は耳鼻科で治療を受けていらっしゃいます。
身体を評価してみると
まず、立位・前屈・下肢の動き・筋力・首の可動域などを確認しました。すると、次のような所見が得られました。
- 右側への重心の偏り
- 右の仙骨・お尻まわりの硬さと圧痛
- 右足を挙げたときの身体のブレ
- 右足の力を十分に発揮しきれない状態
- 首の右回旋の制限
- 顎まわりの強い緊張と食いしばり
そこで、骨盤まわりを安定させた状態で身体がどのように変化するのかを確認するため、骨盤ベルトを使用しました。
骨盤ベルトを装着すると、体幹の安定性が変わった
今回使用したのは、ヨウキヒの骨盤ベルトです。装着していただいたところ、下腹部に力が入りやすくなり、体幹の安定性が変化しました。さらに筋力を再検査すると、装着前よりも力を発揮しやすくなりました。
これは今回のケースを考えるうえで重要な所見でした。つまり、「筋肉そのものに力がない」というより、身体を安定させるための条件が整っていないために、持っている力を十分に発揮できていないのではないかという可能性です。
そこで今回の施術では、骨盤を単なる「骨の位置」の問題としてではなく、骨盤底・腹壁・呼吸・内臓まわりを含めた体幹の安定性という視点から評価しました。
産後は「腹圧」という環境そのものが変化する
妊娠中は、大きくなった子宮によって腹腔内の環境が大きく変化します。そして出産後には子宮が急速に小さくなり、腹腔内のスペースや圧力環境も大きく変わります。妊娠・出産後の腹腔内圧については、正期産後に腹腔内圧が低下することを示した研究があります。
- 妊娠中、腹腔内のスペースが変化する
- 腹腔内圧も変化する
- 出産により子宮が縮小する
- 腹腔内の環境が大きく変化する
ただし、「腹圧が下がったから腎臓が下がる」と単純に医学的な因果関係が証明されているわけではありません。ここは注意が必要です。
オステオパシーが「腎臓の可動性」に着目する理由
オステオパシーでは、内臓も呼吸や身体運動に伴って動く「可動性のある組織」として評価します。特に腎臓は後腹膜に位置しており、呼吸に伴う移動なども確認できます。そしてオステオパシーの臨床には、腎臓の位置や可動性、周囲の筋膜との関係を評価するという考え方があります。
医学的にも「腎下垂(nephroptosis)」という状態自体は存在します。また、超音波を用いて腎臓の移動量を評価した研究では、非特異的腰痛を持つ人では無症状の人と比較して腎臓の可動性が小さく、オステオパシー的な筋膜操作の後に腎臓の移動量が改善したという報告があります[1]。
これは非常に興味深い研究です。ただし、この研究から「産後だから腎臓が下垂する」とまでは言えません。現在の医学研究では、産後の腎下垂を一般的な生理的変化として証明した十分な根拠はありません。
そのため当院では、医学的に確立していることと、オステオパシーの臨床的な考え方を分けて評価することを大切にしています。
今回は「膀胱」にも着目しました
産後の骨盤内臓器については、腎臓よりも明確な研究があります。動的MRIを用いた研究では、妊娠前と比較して産後3か月の時点で膀胱の下降が増加していることが確認されています[2]。また、産後の骨盤底についてMRIで調べた研究でも、出産後には膀胱や子宮などの位置関係に変化がみられることが報告されています[3]。
つまり、産後の骨盤は「骨」だけが変化するわけではありません。骨盤底や、その中にある膀胱・子宮などを含めて、支持構造全体が変化する時期です。そのため今回も、骨盤だけではなく膀胱まわりの状態を評価しました。
「膀胱が下がったから腰が痛い」とは考えない
ここは非常に重要です。研究で膀胱の下降が確認されているからといって、「膀胱が下がったことが腰痛の原因」と直接結びつけることはできません。実際、MRIで確認された産後の膀胱下降と症状との間には、必ずしも明確な相関が認められていません[3]。
ですから今回も、「膀胱が下がっているから症状が出ている」と決めつけるのではなく、骨盤底・腹壁・骨盤・膀胱まわり・呼吸・体幹をひとつの機能的なシステムとして評価しました。
オステオパシーでは、身体を部分ではなく全体としてとらえます。今回も、骨盤だけを調整するのではなく、骨盤まわりから腹部、腎臓・膀胱まわり、横隔膜、胸郭まで含めて身体の緊張と動きを確認しました。腎臓そのものを「元の位置に戻す」という単純な考え方ではなく、周囲の組織との関係や身体全体のバランスを整えることを目的としています。
仙骨を調整すると、右足の動きにも変化
今回、身体の中でも特に左右差が大きかったのが仙骨まわりでした。そこで骨盤底まわりへのアプローチとあわせて、仙骨まわりを調整しました。
その後、再度右足を挙げていただくと、施術前と比較して右足が挙げやすくなり、身体のブレも減少しました。
このように当院では、「施術したから良くなった」と感覚だけで判断するのではなく、できる範囲で施術前後の動作を比較するようにしています。
顎と食いしばりも重要な所見でした
今回もうひとつ特徴的だったのが、顎まわりの強い緊張です。食いしばりがあり、首の右回旋にも制限がありました。そこで顎関節まわりや口腔内の状態も確認し、顎まわりの過剰な緊張を減らすことを目的にアプローチしました。
さらに、横向きで呼吸に合わせて胸郭を動かす施術を行い、首や顎だけではなく、呼吸を含めた上半身全体の動きも整えていきました。
今回の症例を「3本柱」で考える
① 骨盤・骨盤底
産後の身体を支える土台として評価しました。骨盤ベルトを装着することで体幹の安定性や筋力発揮に変化がみられたことから、骨盤まわりの安定性を重視しました。
② 膀胱・腎臓などの内臓まわり
医学的にも、産後の膀胱などの骨盤内臓器には位置・可動性の変化が確認されています。腎臓については、医学的に「産後の腎下垂」と断定するのではなく、オステオパシーの考え方にもとづいて可動性や周囲組織との関係を評価しました。
③ 顎・首
食いしばりや顎まわりの緊張、首の左右差を確認し、骨盤だけではなく上半身の緊張もあわせて調整しました。
この3つを別々に考えるのではなく、身体全体の機能として評価したことが、今回の施術の特徴です。
産後ケアは「骨盤矯正だけ」ではない
産後ケアというと、「骨盤を締める」「骨盤の歪みを治す」というイメージが強いかもしれません。もちろん骨盤は重要です。しかし、妊娠・出産によって変化するのは骨盤だけではありません。
骨盤底、腹壁、呼吸、膀胱などの骨盤内臓器、体幹、首、顎。さらに、出産によって腹腔内の環境そのものも大きく変化します。
だからこそ私は、産後の方を評価するとき、「どこが痛いか」だけではなく、「身体を支える仕組みがどう変化しているのか」を見ることを大切にしています。今回のケースでも、右お尻の痛みだけを見ていたら、骨盤の安定性や腹部・内臓まわり、顎・首の緊張という複数の要素を見逃していたかもしれません。
今回の臨床報告から
長年続いていた右お尻の痛みに加えて、産後の腰痛、めまい、疲労感、食いしばりなど、複数の症状が重なっていたケースでした。評価では、次の要素に着目しました。
- 骨盤の不安定性
- 体幹の力の発揮しにくさ
- 膀胱・腎臓まわりを含む腹部の評価
- 首・顎の過緊張
骨盤ベルトの装着によって体幹の安定性と筋力発揮に変化がみられたこと、仙骨まわりへのアプローチ後に右足の動かしやすさが変化したことなど、施術前後で確認できた変化もありました。
一方で、めまいや耳の症状については耳鼻科での診断・治療が重要です。整体で何でも解決できると考えるのではなく、必要な医療機関と連携しながら身体の機能面をサポートする。それが産後ケアにおける当院の基本的な考え方です。
References
- Tozzi P, et al. Low back pain and kidney mobility: local osteopathic fascial manipulation decreases pain perception and improves renal mobility. Journal of Bodywork & Movement Therapies. 2012.
- Pelvic floor changes in the first term pregnancy and postpartum period. International Urogynecology Journal. 2020.
- Pelvic floor assessment using magnetic resonance imaging after vaginal delivery and elective caesarean delivery. 2021.
- Reliability of diagnosis and clinical efficacy of visceral osteopathy: a systematic review.
※ 本記事は一症例の臨床報告です。施術による変化の感じ方には個人差があり、特定の疾患の治療や治癒を保証するものではありません。めまい、耳の症状、強い痛みなどについては、必要に応じて医療機関での診察・治療を優先してください。